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聖書が示す
人生の10のポイント

​聖書の福音

​聖書は人生のガイドブックです

1 真の神とは

 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。

 また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。新約聖書 使徒の働き17:24~25

 

 聖書が言う「神」とは「創造主」なる神のことです。宇宙の秩序、地球の成り立ち、動植物の生態、そして人間の存在、体の不思議などは創造主なる神が造られました。

 主は地をおおう天蓋の上に住まわれる。目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方は、その万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つももれるものはない。           旧約聖書 イザヤ40:22,26​​

2 私たち人間とは

 神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。   新約聖書 使徒の働き17:26,28


 私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。新約聖書 エペソ2:10

 人は神によって造られ、私たちに正しく生きるよう人生を与えられました。今、神は私たち一人ひとりの生き方を天から見ています。

3 しかし人は神に逆らった


 ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、―それというのも全人類が罪を犯したからです。    新約聖書 ローマ5:12


 というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、 不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。新約聖書 ローマ1:21~23 


 私たちはアダムとエバ以来、罪ある者となりました。神の言葉に従わなかったのです。「それをとって食べるそのとき、あなたは必ず死ぬ。」(旧約聖書 創世記3:17)とあるように、罪の結果の「死」という刈り取りを、今もしているのです。それは、神の真理に従わない生き方であり、自己中心の生き方です。その結果私たちは道に迷い無益な生き方をしているのです。(自己中心:自分勝手で、自らの利益を追い求め、人からの注目されるために生き、自分の欠点は無視し、他人を省みず、自分を人生の王座に就ける。)

6 永遠の生命の確証


キリストを死者の中からよみがえらせることによって、このことの確証をすべての人にお与えになったのです。

      新約聖書 使徒17:31後

 聖書はイエス・キリストの復活という事実を通して永遠の天国があることを示されました。イエス・キリストは天国で私たちが来るのを待っておられます。


 イエスは苦しみを受けた後、四十日の間彼らに現われて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。
 こう言ってからイエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。

新約聖書使徒1:3, 9


 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。

新約聖書 ヨハネ14:3


聖書の示す永遠の天国は、空想の世界でなく確実なものであることを示しています。

4 誰でも神の前に立つ日が来る

 人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。

新約聖書ヘブル9:27

 
 なぜなら、神は、お立てになったひとりの人により義をもってこの世界をさばくため、日を決めておられるからです。

新約聖書 使徒17:31

 

 罪の生き方をした結果、私たちに必ず、「死」があるように、必ず死後に「神の裁き」を受けなければなりません。それは、私たちが神によって生命を与えられ、人生の道も与えられたのに、罪を犯し、神をあがめず感謝もしないからです。その行き着くところは永遠の地獄なのです。これは、神様の厳粛な警告です。

5  イエス・キリストの十字架とは


罪から来る報酬は死です。しかし神の下さるたまものは、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。

新約聖書ローマ6:23

 あわれみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、 罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし…

新約聖書エペソ2:4,5

 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。 

新約聖書 Ⅰペテロ2:24

 

 すべての人に「裁き」があります。すべての人に救いが必要です。裁かれるのは人間が神に従うことを拒んだことからです。しかし、 神の御心は人を裁くことではありません。


彼(キリスト)は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。


私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

   旧約聖書イザヤ53:5, 6

 

「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられる。」(Ⅰテモテ2:4)とあります。神様は、ご自分の一人子なるイエス・キリストをこの世に送り(約2000年前)この方にすべての人の罪を負わせられました。その十字架の犠牲によりイエス・キリストを救い主、真の神として信じる者に永遠のいのちを与える道を開いたのです。これが、救いです。

7  どうしたら救われるのか


 もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」            

新約聖書ローマ10:9~11


「救われる」とは、死後に裁かれず、永遠の天国に入れるということです。そのためには下記のように、イエス・キリストの名によって心から祈ってください。


「神様、私は自分が罪人であることを認めます。罪があるままでは天国に入れません。イエス・キリストが私の罪の身代わりとして十字架で罰を受け、一度死なれ、三日後によみがえったことを信じます。私は、イエスキリストを救い主として心に受け入れます。」

9 聖書が伝える今の時代
=今は、終わりの時代(終末の時代)


 弟子たちが、ひそかにイエスのみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」


 そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。


 また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。


 しかし終わりが来たのではありません。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。


 しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです。そのとき、人々は、あなたがたを苦しいめに会わせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。


 また、そのときは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏切り、憎み合います。また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。


 しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われます。この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終わりの日が来ます。

新約聖書マタイ24章


聖書はこれからの終末の時代に起こることを預言しています。それはここに書かれている通り、戦争と天変地異の多発する壊滅的な時代です。それは人の罪ゆえにもたらされる神の裁きでもあります。

8 救われた後の生き方は


イエスキリストは神のひとり子であり、唯一の救い主であると認めている教会*に行き、聖書の言葉に従ってバプテスマを受けることです。そして罪から離れ正しく生活しましょう。

*どんな教会に行くべきかわからない方は私たちに質問を送ってください。


 「悔い改めなさい。そして、それぞれの罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、たまものとして聖霊を受けるでしょう」  

新約聖書 使徒2:38


 「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」 

新約聖書 ヨハネ13:34


  神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えてこれらのものはすべて与えられます。

新約聖書 マタイ6:33


 教会(建物ではなく信じた者の集まり)はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

新約聖書 エペソ1:23


人間はよい行いをすることが求められています。


 神が私たちを召されたのは、汚れを行なわせるためではなく、聖潔を得させるためです。

新約聖書 Iテサロニケ4:7

10 最後の審判とは


 また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。


 また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれた。


 海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。


 しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。

新約聖書 黙示録20:11-15、21:8


死後、神の前に一人一人立たされます。そして、命の書に名のない者(イエスキリストの救いを受け入れなかった者)は火の池に投げ込まれるとあります。これが神の厳粛な裁きです。

今は恵みの時、今は救いの日です


神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。...彼を信じる者は、さばかれない。

新約聖書 ヨハネ3章


今こそイエス・キリストを信じて

永遠の生命を持つ時なのです。

死んでからでは遅いのです。